So-net無料ブログ作成
検索選択
前の10件 | -

RYUGU IS OVER

昨年夏以降、遊郭跡地を撮り集めて、今日、久しぶりに黄金町から日ノ出町を歩いてみました。
黄金町バザールシーズンオフの現在、2月26日までLIVING ROOMという展覧会をやっておりました。
日ノ出町への間も撮り歩いたのですが、何といってもあの竜宮美術旅館が気になり訪れました。
RYUGU1.JPG
日ノ出町駅前A地区再開発事業により3月末で取り壊されてしまうと言う、何とも勿体ない話です。
歴史の語りべとして残してもらいたい建物。
RYUGU2.JPGRYUGU3.JPG今回はその最後の展覧会に行ってきました。
期間中パスポートを購入し時間が許す限り通い続けようと思います。
RYUGU4.JPG2階の、あの光がよく廻る素敵な洋室も健在でした。RYUGU5.JPG廃墟時代から館内に取り残されていたのでしょうか、古新聞
前回も思ったのですが、この旅館、光の取り込みが最高に素敵です。
これだけバランス良く陰影と光が踊る建物ってそうそうないですよね。
終戦後は米兵相手に様々なドラマが繰り広げられていただろうこれ等の洋室に自分も泊ってみたいと思いました。
RYUGU6.JPGRYUGU7.JPGRYUGU8.JPGRYUGU9.JPG和室の新たな展示スペース。
趣あるどこか懐かしさと、猥雑さが同居する素敵な環境です。
RYUGU10.JPG「竜宮美術旅館」とは黄金町バザールで2010年に命名。元の名前は1950年代が「旅館・清明荘」、1980年代が「山賀旅館」、何時からか2005年までは個人宅として使用されていたそうです。その後、倉庫として使われていたのを黄金町エリアマネジメントセンターが借り受け「竜宮美術旅館」としてコンバージョン。歴史と創造が同居する素敵な空間と生まれ変わりました。

日本一忙しい師走

久々にアメ横に行ってきました。
数ある商店街の中でもここの活気は群を抜いてます。
特に生鮮三品。
呼び込みのお父さんは朝からもう声がつぶれている。
その歪んだ声が何とも格好良い。
これぞ日本の商店街!
アメ横4.JPG
アメ横の元気を日本全国に持っていきたい。
新鮮そのものの食材に思わず手が伸びてしまいます。
アメ横5.JPG
こういう商店街で夕飯の買い物って、とても羨ましいですね。
スーパーマーケットには無い品揃えが多数ある。
日本の商売の原点だと思います。
アメ横6.JPG
アメ横の起源は戦後の闇市にアメリカ兵が物資を置いて行ったからとか、
当時、高価だった飴を格安で売っていたからとか諸説あるようです。
アメ横7.JPG
庶民が集まるアメ横での買い物は、正に江戸の「粋」。
アメ横8.JPG
次回は買物目的で行きたいと思います。

新宿散策

気持ちの良い青空が広がる朝。
当日は健康診断で久々に新宿へやってきました。
目指すは5丁目。
健康1.JPG
駅からは十分ほど歩きます。
診断時間より一時間ほど早く到着し、界隈をスナップして歩きました。
しかし、空気が澄んで気持ちの良い朝です。
ひんやり感がたまりません。
健康2.JPG
末広亭を向かいに右へ入ってみるとハートブレイクホテル。
その左がどん底です。
この辺は仕事帰りしか立ち寄った事が無かったのですが、
朝の表情も良いですね、
健康3.JPG
花園神社です。
大酉市でした。井草の良い香りが辺りに漂います。
朝なので各屋台は幕を閉めたままです。
来年は是非とも夜に来ようと思います。
健康4.JPG
五丁目も住宅街のほうはけっこう古い家が立ち並んでいます。
ニャンコがこちらを興味深そうに見ています。
健康5.JPG
トタンのやれ具合が素敵ですね。おそらく以前は御商売をされていたのでしょうか、
今は自動販売機が主張して良いコントラストです。

空いた時間を使って撮り歩いてみましたが、ゆっくり歩くって良い物ですね。
又、この日は天気が良く光が良く廻ってとても気持ちの良かったです。
健康診断が無い時にもう一度、撮り歩いてみようと思います。

野毛大道芸

とても楽しいイヴェントでした。何が楽しいって、
笑顔や取り組む姿勢が人の心を豊かにすると言う事です。
野毛大道芸オータムフェスティバル2011
これはもう、本当に楽しいイベントです。
大道芸1.JPG
笑いあり、涙あり、感動の一日。
大道芸とは言いつつ、プロの方たちの技を真近で観れるチャンスです。
大道芸2.JPG
それぞれの演技、演目は本当にお見事です。
そして我々観ている者を引きつける絶妙な運びとサービス。
プロに徹している。
大道芸3.JPG
観せるだけでなく、観客も交えてみんなで楽しむ、
楽しい事は、誰もが好きである事を実感しました。
この後は、私の下手な説明無しに
写真だけで十分お楽しみいただけると思います。
大道芸4.JPG
なんか、もう写真なんか撮ってられない、
私も観客として楽しみたい、そんな風に思いました。
大道芸5.JPG
横浜ジャズの街。
プロのミュージシャンもこの日ばかりは青空演奏です。
大道芸6.JPG
上のピアニストと下のホーンとは全く別のミュージシャンですが、
演奏している場所が近くその後セッションと相成りました。
大道芸7.JPG
下の写真奥に見える野毛小路のゲートまで演奏して行くとの事で私もついて行きました。
その途中でちょっとポーズをとってもらいパチリ!
大道芸8.JPG
人力車は東京なら浅草京都なら東山でしたが、
地元、横浜で見るとは思いませんでした。
大道芸9.JPG
野毛大道芸で思った事とは、
「笑顔」って素敵だな、と言う事。
人を楽しませる事に命を賭けた人たち。

余裕の無い毎日を送っていると、ついついしかめっ面になってしまう。
ここに写っている手品師、けんだま師、ダンサー、ミュージシャンの方々は見えない所で血の滲む様な努力をされて人前に出てくる。
紆余曲折は当然の事、
人前では笑顔を絶やさない格好良さ。
プロとは、
お金をもらう緊張感とは、
こういう事なんだと感じました。

日ノ出 竜宮旅館

黄金町の所でも紹介しましたが、
黄金町バザールに通うまで知らなかった建物です。
昭和20年代に開業した旧旅館です。
古き良き昭和の雰囲気が所々に残っている素敵な建築物です。
竜宮10.JPG
竜宮1.JPG
内装を整えてカフェとして期間営業してます。
一階部分の食堂で食事が出来るようになっていました。
子供の頃、家族で旅行した時に泊った旅館を思い出します。
竜宮2.JPG
終戦後、進駐軍が多い土地柄です。かなりしっかりした洋間があり、暖炉までありました。
竜宮3.JPG
共同洗面所には竜宮城に因んだのでしょうか?
金魚のレリーフと壁画が、
このタイル敷きの洗面台は特に懐かしさを感じます。
竜宮4.JPG
共同浴場はこんなにコンパクトです。
家庭の内風呂と大差ないスペースです。
おそらく、次の客は前の客が風呂から上がるまで待たされていたのでしょうか、
このシャワーと蛇口は付け足したものだと思いますが、できれば当時の物を残してもらいたかったです。
竜宮5.JPG
洋間を表現空間に、
光はよく回ってます。
竜宮6.JPG
竜宮12.JPG
2階の客室に繋がる踊り場、
ここにも表現空間と懐かしさが同居していました。
竜宮7.JPG
外に出て、正面を別方面から見るとこんな感じです。
壁のやれ方が素敵です。経年変化でなければこういう色気は出ません。
通りの向こうの家のトタンも一役かってます。
竜宮8.JPG
竜宮旅館の外壁です。
もう言う事ありません。
「素敵」以外、何をどう言えばよろしいのでしょうか?
言葉を失う風景とはこういうのを言うのだと思います。
竜宮9.JPG
今回で二回目の「竜宮美術旅館」です。
「旅館」とは言っても泊れるわけではありません。
今となっては小規模な宿泊施設に見えますが、
当時の日本では立派な建物だったと思います。
この旅館が「小さい」と思うくらい現在の私たちの生活は、
肥大化してしまったのだと思います。
バブル崩壊後、その「肥大化」に、ついていけず、
様々な部分で歪みが生じてきているのでしょうか?
現在のこの国の姿が元々の姿なのかもしれません。
竜宮旅館はこの国の生き証人として、語べとして、
後世に残ってもらいたいと思いますが、もうすでに
取り壊しが決まっているそうです。
竜宮11.JPG

駅前散策

ここは横浜周辺です。
今は人事異動で都内の事業所にいますが、かつては私の職場があった所です。
久々にかつての場所を歩いてみました。
駅周辺1.JPG
仕事が終わると、この辺で飲み歩いたものでした。
東京ほど華やかさは無いけれど、横浜には人情があります。
思うに、やはり田舎なんですよね、
ただ、ちょっとばかり名の知れた田舎なだけです。
私は東京生まれの横浜育ちです。でも、
横浜で暮らした人生のほうが長いです。
牛肉と同じで私も横浜産なのでしょう、
因みに牛肉はその牛が長く暮らした土地が産地になるそうです。
だから、私も横浜産なのです。
駅周辺2.JPG
だから、横浜が好きで子供の頃から慣れ親しんでいました。
この街のどの風景も好きです。
駅周辺3.JPG
デコボコの街には運河もあれば坂道もあります。
昨今のバリアフリーなんて無縁の土地柄。
老人の為にも少しは気を使ってほしい不器用さです。
駅周辺4.JPG
そこが田舎なのです。
駅周辺5.JPG
で、こんな開けていない路地もたくさんあったりして、
駅周辺?.JPG
昔ながらの商店もたくさんあって。
それが洒落てなくて。
東海道で一つ目の田舎は何とか元気にやってます。

黄金町Ⅲ

ちょんの間もあれば小さな旅籠もあります。
黄金町バザールには本屋さんもあります。
若き日のブリジットバルドーがこちらを見ていました。
黄金町18.JPG
竜宮美術旅館です。黄金町では老舗の旅館で結構貴重な日本家屋だと思うのですが、
取り壊しが決まっているそうです。
黄金町19.JPG
その竜宮美術旅館の裏手です。背の高い継足しのビルが所狭しと建っています。
おそらくその昔はこんなじゃなかったのでしょう
黄金町21.JPG
竜宮旅館の洗面所です。
いかにも昔懐かし日本の旅館です。
それにしても鯉の画が美しかったです。
黄金町22.JPG
洋間はこんなでした。
しびれてしまうくらい素敵な洋間です。
こんな部屋で朝を迎えたいと思いました。
黄金町23.JPG
おそらくですが竜宮旅館に泊まれる人は当時の富裕層だったのでしょう。
真剣にこの旅籠に泊まってみたいと思いました。

黄金町Ⅱ

だいたいこの辺は東京湾(江戸湾)からの釣鐘型の入江だったんですね、
もう350年位昔の事ですが、それを埋め立てて出来たのが吉田新田。
桜木町から望んで大岡川沿いは左が伊勢崎長者町、右が日ノ出町から黄金町、
当時はのどかな田園風景が広がっていたのでしょう、
空襲以後ヒロポンや麻薬の密売所と非合法の特殊飲食店街、いわゆる青線地帯に様変わりしました。
黄金町10.JPG
二年前の「横浜開港150周年」いわゆるY150開催に向けイメージ向上を図るため先んじて2005年に浄化され現在の状態となりました。
黄金町11.JPG
街が過去と共鳴しながら前を向いて行く事ってとても素敵な事だと思います。
長い年月で朽ち果てた建物や汚れた壁、
これ等を表現物として利用するって素敵じゃないですか、
黄金町12.JPG
様々な人たちの「涙」が沁み込んでいるであろう「ちょんの間」が、
時を越えてアートの空間として人々に感動を与える「黄金町バザール2011」、
黄金町7.JPG
「今」を生きる、「現在」を生きる私たちにとって様々な想いを与える現在の黄金町の姿。
怖いと思わず、是非一度訪れてみてはいかがでしょうか、
黄金町9.JPG
きっと何かを持ち帰ることが出来ると思います。

黄金町

ここはかつて違法飲食店が立ち並び売買春と麻薬の街として知られる横浜でもディープな街でした。
それが2005年まで続いていたそうです。
以後しばらくゴーストタウンと化し、近年アートの街として変化しようとしています。
黄金町1.JPG
横浜トリエンナーレ2011の連携プログラムとして開催されている「黄金町バザール2011」はかつてのチョンの間だった四畳半ほどの空間に思い思いの表現を組み込んでいるとても魅力的なイヴェントです。
黄金町2.JPG
京浜急行本線の高架下とその両サイドの長屋伝いに空間が並んでいます。かつては一人で歩けないとても恐ろしい街でしたが、晩夏の晴天に恵まれた御散歩日和となりました。
黄金町3.JPG
それぞれの展示場は当時の面影を色濃く残しこの街の歴史的背景や文化を体感できます。
黄金町4.JPG
そんな環境に併せてアーティストが表現物で主張する様はとても面白く興味が尽きませんが、当時の劣悪さが壁や柱のしみから想像出来てしまいます。
黄金町6.JPG
いかにも継ぎ足した二階部分は何部屋かあったのでしょうか、壁が取り払われ展示スペースになっていました。
黄金町8.JPG
興味深くとても楽しい企画です。パスポートも入手しましたので開催終了まで通う事になりそうです。

海岸通団地

みなとみらい線を馬車道駅で下車し万国橋方向へ歩いて行くとその団地があります。
海岸通団地です。
海岸通団地4.JPG
昭和33年入居開始ということですから53年前。
高度経済成長の初期に建った事になります。
「団地族」なんて言葉が流行語になり始めた頃でしょうか?
現在見るとレトロな建物で懐かしさを感じます。
子供の頃、団地住まいの友達がいて中庭で遊んだものでした。
海岸通団地1.JPG
海岸通団地の取り壊しが進んでいます。
今日、前を通りかかったら大きなビルが建設中でした。
でも、残っている棟には洗濯物が干されてる部屋もありました。
海岸通団地3.JPG
昭和の面影を伝える建物が無くなって行く事に、幾ばくかの寂しさを感じます。
海岸通団地2.JPG
でも、老朽化は否めません。近代化が無い限り発展もあり得ない訳ですから、
この海岸通団地だって当時としては近代化の最たるものだったのでしょう、

前の10件 | -

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。