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「蟻の街」を訪ねて、

戦後間もなく隅田公園のどこかに廃品仕切場で「蟻の会」という労働生活共同体があったそうです。
そこで働く人々やその家族が暮らした「蟻の街」。
それから64年。
その痕跡は残っておらず、何処に「蟻の街」があったのかわかりませんでした。
スカイツリーと言う巨塔が経済の変化を主張していました。
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東京大空襲で隅田川に飛び込み、隅田公園にはその死体がうず高く積まれたそうです。
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水上バスが行き来する現在の隅田川。
想像を絶する人数がここに飛び込み息絶えたそうです。
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戦前の隅田川の模型が近くの郷土資料館にありました。
のどかな春がモチーフでしょうか。
ほろ酔い気分でこんな環境をお散歩してみたいものです。
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言問橋を渡ると牛島神社があります。
実際に、はるか昔は牧場だったそうです。
体の悪い所をなでると直ると言う事で、私は頭を撫でて見ました。
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家路に着く私を見送ってくれるスカイツリー。

「電車とバスの博物館」

雨の中、「電車とバスの博物館」へ行ってきました。
その博物館は東急田園都市線の宮崎台と言う駅の高架下にありました。
内容は東急電鉄過去の車輌、駅、その他遺物を紹介するもので、
小学校3年生時から生活網で東横線を使っている僕としては大変興味深い内容でした。
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昭和初期の東横線。
乗ったこと無いのに、なぜか懐かしさを感じます。
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そしてその運転台。
かなりシンプルです。
自転車のサドルに似たイスが印象的です。
しかしこれで動いてしまうんですね、今とは大違い。
ATS自動列車制御装置なんて考えられないアナログ時代です。
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木造の多い車内。
かえって今よりもオシャレですね、子供の頃もこういう電車に乗った記憶があります。
掛け心地はいたって固め。
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出札所ですね、
懐かしいです。
子供の頃はみんなこんな感じでしたね、
「○○まで!」なんて言ってたのを思い出します。
人の手が加わってたんですね、今は券売機。
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切符を探す手際良さは職人技でした。
僕なんかカルタ取りになってしまいます。
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おそらく定期券に押す駅名判でしょうか、
他社線の駅名が多いです。
僕が高校生の頃はまだこれでしたね、
今はPASMO。
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で、もう少しするとこういう運転台。
この頃は僕も覚えています。
今では懐かしい二ハンドル。
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明治通り側から見た旧渋谷駅の模型。
気付いたのですが、4車線だったんですね、
現在も同じですが、この頃より狭く感じます。
昔の渋谷駅のほうが広かったと思ってました。
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「切符を拝見させて頂きます」
自動改札になってから聞かなくなりました。
ここでも人の手が多分に加わってましたね、
「鉄道員」って高い専門性を求められる仕事だとつくづく思います。
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で、現在の東急東横線。
ここにきて初めて知ったのですが、
日本初のステンレス車輌だったんですね。
発進時の「ヒュー」っていう音が子供の頃、未来的で格好良く思っていました。


恵比寿「桜」

この風雨に耐え何とか持ちこたえた週末の桜。
普段は閑散としている恵比寿南一公園では、
場所どりのサラリーマンやママ友の姿が、
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今日は雨の予報だったが午後からすっきりと晴れたので夜は良い花見になったのではないかと思う。
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カメラ女子の姿が、老若男女、桜は日本人の心。
向こうに見えるのは線路越えの恵比寿ガーデンプレイス。
この辺はオフィスビルが多く地味に花見スポットとなっているようだ。
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とりわけ「桜」を撮ろうと思い外出する訳ではないが、その見事な咲きっぷりに思いのまま撮ってしまう。
魅かれるのは解るが、おもいっきり説明写真になってしまうのは、「桜」に負けている以外何もので無い。
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いつも思うのだが、「写真撮影」とは知的な作業だと思う。

2014「桜」

所用を済ませ、都内、横浜二か所の桜を梯子しました。
品川グランドコモンズはお昼時。サラリーマン、近隣マンション居住者で賑わっておりました。
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近代的な高層ビルに囲まれた、自然を満喫できる一画は、
都会の喧騒を忘れさせてくれる貴重なエリア。
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仕事の合間に気を落ち着かせる風景。
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明日からの天気は雨。今年はこれが観納めかも、
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ここからは横浜。
京急に乗り一路黄金町へ。
大岡川添いの桜並木は横浜市内の名所。
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どこか庶民的な雰囲気は横浜の下町風情を醸し出してます。
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大岡川沿いの桜は横浜市民の誇りたる見事な咲きっぷりです。「大岡川桜まつり」は4/5(土),4/6(日)の二日間ですが天気は良くなさそうで残念です。おそらくその頃には葉桜になってしまうかと思うと残念ですね。

スダ美容室

先日、ある展覧会を観に銀座一丁目にある古いビルへ行きました。
展覧会の素晴らしさは然ることながら、
会場の「旧銀座アパート」(現、奥野ビル)と言う空間が醸し出す何とも言えない香ばしさに、
完全にノックアウトされて帰ってきました。
当ビルの306号室が会場。
ホームページによると八十年前、この部屋に美容室が存在。
美容師として生きた女性の生活臭や仕事臭がそのまま残されている。
もう感動以外の何物でもない。
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残された看板の写真。
当時を偲ぶ貴重な記憶。
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施術台です。
今見ると、とても小さな鏡。
三つだけ、
この時代、美容院を利用する人、少なかったのかな?
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あそらく待っているにお客様に渡した雑誌でしょうか、
今でも渡されますよね。
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待合室でしょうか、この度の展覧会の作品がさりげなく展示されてます。
素敵です。
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カット見本なのか、それともブロマイドなのか。
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洗髪台なのか、単なるシンクなのか、
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店内装飾品がそれとなく飾られていました。
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施術台に無造作に置かれた写真とパフ。
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待合室から施術室への距離は驚くほど短い。
昔の物って、明らかに全てが小さいのはなぜ?
現代社会の無駄な肥大化がこういう所で露呈。
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「スダ美容室」の入り口です。
とても小さなこの入り口からお客様が入店。
「いらっしゃいませ!」なんて言葉が元気に聞こえます。
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施術台の鏡に自分を映してみました。
これでアタシもリアルタイム!。
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おそらく、美容師の須田芳子さんご本人なのでしょうか?
想像ですが、お座りの女性は常連のお客様かな、
あくまで想像です。
素敵な写真展です。
大西みつぐ先生、本当にありがとうございました。

「あるスーパーマーケットの解体」その後

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自宅の部屋から撮った一枚です。
現場は重機が音をたて動き、
作業の人たちも忙しなく働いていました。
搬入口には警備員もいて、
建ち入るのに躊躇しました。
この地は後にどうなるのか?
興味は尽きません。
コインパーキングだけは勘弁してもらいたいです。
地価は安くないと思い、それは無いと思いますが、、、

あるスーパーマーケットの解体現場

昭和49年に開店したこのスパーマーケット。
その頃、自分は小学校6年生。
あれから39年。
GMSなんて程遠い小規模な店舗でしたが、使用頻度が高かったです。
毎日、夕食の材料を買って、この店からほど近い我が家でした。
一枚目のここは飲料売場から青果までの中通路です。
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ここは生麺、乳製品の冷ケースがあった所、
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加工肉売場の壁面が解体され、
資材運搬口に空けられてました。
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ここは二階の雑貨売り場に上がる階段です。
トイレットペーパ等を買いに昇った階段です。
この右がサービスカウンターでした。
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搬入口には注意書きが、
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ここは、精肉売り場からバックヤードに入るスウィング扉があった所。
ここでよくこま切れ肉を買いました。
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ここは青果前入り口で、キャベツ、白菜、大根、生姜などをよく買いました。
あまり鮮度良くなかったけど。
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解体現場に忍び込んでも、どこに何があったか判ってしまうって?
ご近所ですね。
アルバイト経験もあるこの店舗、
時代の流れに押し潰されてしまう資本主義社会の宿命なのか?、
それとも営業努力に限界がきてしまったのか?、
いずれにしても私にとっては少年時代、青春時代を共にし、
仕事帰りの貴重な買物店だった訳です。
以後はドラッグのチェーン店が建つみたいですが、

「横浜橋商店街」

地元に元気ある商店街があると嬉しくなってしまいます。
商業の世界で生きてきたのもありますが、それ以外に、
「商店街」はその地域の元気のバロメーターだと思います。
な訳で、私の休日は平日。
庶民的行動に接する機会が多いのです
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私の生業は量販店の従業員ですが。個人商店の商売にはとても興味があります。
なぜなら、量販店も個人商店も生活に直結しているからです。
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今回のテーマである「横浜橋商店街」は、かつては遊郭街だったとの事です。
旧遊郭巡りが趣味の私としてはとてもうれしい商店街なのです。
特に飲食店や生鮮三品を取り扱う店は朝から晩まで客足が途切れません。
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この先をわたって行くと黄金町です。
で、その途中に横浜市営地下鉄「坂東橋駅」があります。
おそらく横浜駅界隈よりも賑わっている場所ではないかと思います。
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買い物客が途切れない商店街。
個人宅以外にも飲食関連の仕込みにも利用頻度があり、人が集まるのもうなずけます。
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商店街の途中の路地。
右側のクリーニング店の壁ですが、タイル貼りです。
もしかしたら遊郭時代のカフェ物件の名残でしょうか?。
左も黒門塀出し、、、
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生鮮三品だけでなく雑貨店も豊富な品揃えです。
靴や衣料品は驚くくらい廉価です。
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で、こういう物件です。
これは普通にアパートではないと思います。
おそらくですが、これこそカフェ物件か、判り易く言えば、遊郭~連込み宿?
壁のヤレ感がたまりません。
しびれます。
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トタンって時代を感じる素敵な質感。
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これも、おそらくその方面だったのかな?。
僕的には、とてもアートです。
時代とリンクした素敵な風景です
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こんな奥まった場所に政治家のポスターって?
このお宅も個人宅。
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とてもとてもアートです。

恵比寿界隈

報道写真展を観た帰り、お散歩してみました。
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以前から感じてはいたのですが、おしゃれな割にレトロな側面を持つ不思議な街です。
古い建物をコンバージョンしてお店だったり、クリエーター系事務所だったり、
雨のしっとり感がとても似合う。
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壁のヤレ方が素敵です。
ただ、人さまの物件なのでカメラ向けるのに躊躇します。
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梅雨時の象徴、アジサイが街中でも見頃を迎えています。
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何かの看板は錆ついて落書きだらけ。
元々は東京の一街かどな訳で何ら不思議ではないのですが、
オシャレでハイソなイメージが定着する現在の恵比寿。
老朽化した家屋が残ってるのがちょっと嬉しかったりしました。

何気ない旅

休日の度に都内、神奈川を徘徊しています。
行く先々には青春時代の痕跡が残る場所でもあります。
で、今回は渋谷区を起点に港区です。
本当はギャラリー巡りが目的だったのですが、
いつの間にか撮り歩きとなってしまいました。
旧セントラルアパート跡.JPG
ここは旧セントラルアパートがあった所。
今は雑居ビルになっていまして若人が喜んで集まる何だかわからない場所です。
場所はラフォーレ向いに位置します。
昔、ここにあったセントラルアパートは写真家、ミュージシャン、建築家、画描きが滞在する「文化」の香りが漂う所でした。ここに出入りすることはある意味、表現者としてのステータスでした。
旧同潤会青山アパート.JPG
表参道ヒルズの横にあの懐かしい同潤会青山アパートの建物が残してあります。
現在はギャラリー、ショップにコンバージョンされています。
階段の手摺りはアールデコ調。代官山、砂町と変らず。
自分が大学時代は現役だった同潤会青山アパート。
ちょっとでも残してくれて有りがたい限りです。
表参道ヒルズロビー.JPG
その表参道ヒルズはショップが入る雑居ビル。
上品な佇まいですが、出来れば同潤会青山アパートのままで残してもらいたかった、と言うのが個人的な希望でした。
でも、老朽化で無理なんだろうな。
ちなみに同潤会青山アパートの現役はかなりの数、撮ってます。
フィルム時代ですが、保管してあります。
フィルムスキャナーで読めば公開できます。
表参道ヒルズから下界.JPG
その、表参道ヒルズがら観た下界。
同潤会青山アパートの住人もこんな風景を見て、一日が始まったのでしょうか。
マックを出て.JPG
渋谷方面に青山通りを歩いておなかが減りマクドナルドへ。
食べ終わり退店すると道行く町人は自転車も徒歩も。
ヒカリエから下界.JPGどん底.JPG
そのヒカリエで面白い展示会をやっておりました。
各地の歴史的ショップのオリジナルグッズの展示です。
ここでは馴染みのある「どん底」のマッチでした。
「どん底」とは、新宿にある呑み屋で今でも健在。
サブカルチャーの拠点の一つでもありました。
職場の本部が新宿にあった頃、会議の後に立ち寄ったものです。
そして次の日は当然、仕事。
何気ない都内の旅は、趣の旅でもありました。

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